2013年6月29日土曜日

2013年6月22日(土曜) ウルムチ~トルファン郊外観光~トルファン駅(夜行列車)

2013年6月22日(土曜)晴れ、7時起床、8時朝食、9時ホテル出発

朝のウルムチ、新疆海徳酒店20階部屋からの展望 7:52

ホテルで朝食 IsiさんとMHさん 8:11

ウルムチ市街の最近建設された建物をバスから見た 10:36

高速道路を走るとき、中国でもバス客席の安全ベルトを使用することになった。
しかし、一般道では使用していないので座席の下に収納している。
座席を外して安全ベルトを取り出すところ。

ウルムチからトルファンに行く途中で多くの風車を見かけた。 11:22
昨年よりも多く、あまりの多さに驚いた。
 
後方は天山山脈の西端、この地区は風が強い。
 
1995年オランダとの合弁会社にて風力発電機の建設開始(3台)、
1980年~2000年で約60台建設、
この地区で現在約900台建設された。
とガイドは言っていた。
 
しかし、新疆ウイグル自治区での電力需要を超えた電力供給を
他地域へ送る電力インフラ(送電線等)の建設が追い付かずにいる。
 
 中国風力協会が発表した《2013年中国風力発電設備容量統計》報告によると、
2012年の中国の風力発電新規設置台数は7,872台、容量は12,960MWであり、
前年比20.8%減少した。近年、洋上風力発電設備容量の拡大が続いている。

風力発電機メーカー:
発電能力ベースで見ると、ヴェスタス(デンマーク)、シノベル(中国)、GEウィンド(米国)、
ガメサ(スペイン)、ゴールドウィンド(中国)、エネルコン(ドイツ)、スズロンエナジー(インド)、
ドンファン(中国)などの大手風力発電機メーカーのシェアは凡そ世界の70%近くになる。
近年は特に中国勢のシェアが増してきている。

トルファンのサービスエリアにて 13:41

22輪の大型トラック

多くの大型トラックが停まっていた。


交河故城

中国でただ一つ残る漢代からの都市遺跡である。
遺跡は柳葉形の台地上に位置し周囲は約30メートルの断崖に囲まれ自然の要害をなしている。

遺跡の全長は約1650メートル、幅は最大で約300メートル、総面積は約38万平方メートル。
紀元前2世紀に建設され、14世紀に戦火で焼け落ちた。 (ウイキペディアより)
 
交河故城入口 14:11
 
柳葉形台地の都市遺跡
故城の中心に中央大道が貫き、城内を東西2つのエリアに分けていた。
観光用木道以外は歩けない。奥の半分には行けない。
 
 何の目的に作られたものかな? 14:17
 
案内用スピーカー 
遺跡の土塁に似せて作られている。




 


建物は土煉瓦や版築で塀を築き、アーチ、あるいは小梁屋根を持った地下、
あるいは半地下構造となっており、現地の高温な気候に対する配慮がなされている。

 階段で下に降りて行った。少し涼しい。 14:32
 
観光用木道を行く
 
 何の建物だったか? 
風の音が廃墟で諸行無常の響きとして聞こえる。
 14:47
 
 
高昌大酒店
昼食した中華料理店

昼食時にSuさんの誕生日祝い 15:24
 うん歳おめでとうございます。
"Happy Barthday to You"をみんなで歌って祝った。

 ウイグル人葡萄農家の干しブドウ販売 16:33
 


 干しブドウ販売店の葡萄棚に生っていた葡萄

葡萄乾燥促進剤
 
使用説明
 
多くの農家は、乾しブドウを作るとき
約10年前に開発された「促乾剤(苛性ソーダ・水酸化ナトリウム等を含む)」を使用したり、
「着色剤」を使用したり、
殺菌と発色のため硫黄燻蒸したりしているという。
 
  
ベゼクリフ千仏洞

火焔山北麓にある六世紀の麹氏高昌国に始まり~14世紀までに掘られた石窟寺院。 

その頃のウイグル人は、まだイスラム化しておらず仏教を信奉していた。
ベゼクリク千仏洞の37窟など、マニ教の寺として造られながら仏教に改変したものもある。
 
幅400メートル、現存するのは64窟、ウイグル語で「装飾された家」

残された中で名高いのは第39窟の「各国王子挙哀図」
挙哀とは、葬儀のさいに遺族などが号泣して悲しみを表すこと
この図には西域のさまざまな民族の姿、衣装、髪飾りなどが描かれていて、
当時の風俗、生活を偲ばせる。 「中国情報総合サイト」より
 
 昨年撮影したカシュガルラワープ奏者の写真を日本から持ってきて渡した。
名前を聞いたら 肢体3級障害者手帳を見せてくれた。現在69歳だった。
玉さんと一緒に記念撮影 18:05
 
添乗員木村さんと一緒に演奏
 
カシュガルラワープ演奏ビデオ 玉さんと木村さん
 
日本から持ってきた食料や昆布茶など渡した。
 
ベゼクリク千佛洞の内部撮影は禁止されているので
インターネットサイトから転写した。
 誓願図、第二十号窟第九寺院

 フレスコ壁画に描かれた仏陀

祈願図
4号窟の回廊



火焔山

タクラマカン砂漠タリム盆地の北部、トルファン市の東部に位置する。
砂岩が侵食してできた赤い地肌には、炎を思わせる模様ができている。
 
平均標高は500メートルであり、比較的平らな山頂が、
長さ98キロメートル、幅9キロメートルにわたって横たわっている。
夏の気温が50℃を超えることも頻繁である。
火焔山と孫悟空 

火焔山は16世紀の明で呉承恩が書いたとされる小説「西遊記」にも登場する。
西遊記では炎が上がる山として描かれている。
 
漢の古い伝承によると、火焔山はサルの王が天界で窯をひっくり返した残り火が
地上に落ちたものである。
『西遊記』でも、「美猴王」と名乗っていた頃の孫悟空が閉じ込められていた八卦炉から
脱出した際に壊れた八卦炉の破片が地上に落ちたものとされている。
(ウィキペディアより)

アスターナ古墳群から振り返ってみた火焔山


アスターナ古墳群
炎天下での見学 18:59
 
この中に「座右の銘」の壁画があった。 19:00
 
 
 

高昌故城
 
高昌故城は交河古城から移って来た都の跡。
火焔山(かえんざん)南麓にある、かつての高昌国の王城の遺跡。
 
高昌国は5世紀に、蘭州出身の漢人の麴氏一族によって建国され、
640年に唐の太宗によって滅ぼされるまで、約140年間存続した国である。
 
その後、9世紀末に唐の勢力が撤退すると、西ウイグルの高昌大王府が置かれた。
13世紀にモンゴルの遠征軍の攻撃に遭い、廃墟となった。
 
高昌故城は東西1.6km、南北1.5kmの城塞都市で、日干しレンガにより建物が造られている。

昨年も高昌故城の入口にいた少女 19:36
 
馬車で高昌故城の中心部に向かう 19:38
 
いつ倒れるか? だいぶ風化している。
 

観光用通路が整備されていた。 19:40

高昌故城の中央部に到着 19:43

 
 玄奘三蔵がインドに仏典を求めに行く旅の途中で、
漢人の王・麹氏(きくし)に要請され、2ヶ月間滞在し経を講じた寺院址。
 
雨がほとんど降らないので屋根はない。玄奘三蔵は講堂の中央に立って説法した。
当時は僧が 8000人いたという。
 
寺院仏塔の側面に仏像を祀る壁の窪み・壁龕(へきがん)のみが残っていた。
背景の壁画も薄れていた。

日差しがとても強い。気温は40度近い。 暑い!! 20:01
 
現在は、版築で築かれた城壁や建物址が面積約3平方kmの地域に残る。

高昌故城の後方の山は火焔山 20:10

また馬車で戻る。
 
入口に居た少女と一緒にパチリ、 ロバも一緒だよ! 20:15
 
高昌故城見学の後、夕食 21:14
赤ワイン「楼蘭」を飲む。

「楼蘭」ワイン(グラス1杯50元)
 

寝台列車で敦煌へ


 
バスから列車への荷物の移動は業者が行ってくれた。
昨年は自分で駅まで運んだ。

1044列車が停車する時刻の電光掲示板


 トルファン駅の待合室

トルファン駅のホームへ通じる地下道
 

1等寝台客室(4人用) 9号車3号室
 
 
 

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